第10話 〜船旅〜




   アンジェと別れを告げた一行は港にいた。次に目指すサハラ王国があるサンマイル大陸に行くためだ。

   しかし、ここ最近はどこも危険らしく、サンマイル大陸行きの定期便もストップしているのだ。



   「どーすんのさぁー?船ないしー」

   「チルー(ねー)」

   「スー(ねー)」

   セレナ達がそう言いながら、皆の顔を見渡す。皆、どうするっていっても、という顔だ。

   「あ!そーいやニルスが言ってたじゃん!」

   その時、思い出したようにラナが声を上げた。そして、いうやいなや駆け出した。



   ニルスが最初に皆を連れてきた船着場に、一行はやってきた。

   「ニールースー!!いるー!?」

   「いるー!?」

   ラナとセレナが大声を張り上げる。他の3人は突然の事にビクッとする。

   「お、おい!大声だすんじゃねーよ!」

   「何を言っても無駄だと思うよ、リラン」

   慌てて止めようとするリランと、あきれ返っているシルフ。ハープはただ苦笑する。


   「あー!!姉ちゃん達!!」

   幸い、ニルスはすぐにその声を聞きつけ、走ってやってきた。

   「ここにきてってことは、船、必要なんでしょ?」

   「そうなの。定期船ストップしててさ」

   ラナがニルスにそう言った時、ニルスの後から誰かがやって来るのが見えた。


   「ニルス、あの人は?」

   「え?あ、じーちゃん!」

   ニルスは振り返ってそういった。その時には、その人はすぐ傍まで来ていた。

   「どうも、うちの孫がご迷惑をおかけしたようで」

   白い髭の下から、優しそうな笑みを見せながら老人は言った。

   「あ、もしかしてアンジェが言ってた大海賊グリートって、あなた?」

   ふとアンジェとの話を思い出してそう言うラナ。グリートは、いかにもといって、また笑った。



   それから、ラナ達の事情を聞いた後、グリートは言った。

   「サンマイル大陸か。いいじゃろう、連れて行ってやる。孫の礼もあるしのぉ」

   「ありがとうございます!」

   皆で声をそろえてお礼を言った。










   かくして、一行はサンマイル大陸へと出航した。

   だが、いつ魔物が襲ってくるかは分からない。なので、ハープが船にバリアーをかけた。


   物騒だとはいえ、海はとても奇麗だった。何色ともいえない波。日の光を浴びて煌く水面。

   思わずため息が出るほど美しく、ずっと見ていても飽きないほどだった。

   「ねーニルスー。おじーちゃんっていい海賊さん?」

   「当たり前だよ!じーちゃんはいつでも弱いものの味方さ!」

   海を眺めるラナの後ろで、セレナとニルスが喋っていた。

   終わるとすぐに、ニルスは手伝いのため船室に引っ込んだ。

   ちなみに、ラナ達はそれぞれ別行動をとっている。


   「うーん。よく考えると、あたしメチャこっちに馴染んでるよねぇ。

    帰りたいーって思ってたんだけどなあ・・・・・・。もう優に2ヶ月は経ってるよねえ。

    やっぱ死人扱い?父さんや母さん、どうしてるかなあー・・・」

   ぼーっと独り言を言う。その時、

   「ラナぁー。なーにぶつくさいってんのさあ?」

   「セレナ!?まさか全部聞いてた?」

   「ばっちし!ニルスとおしゃべり終わってからずっと!」

   そんなこんなで、ラナはセレナに向こうの話をした。一通り終わって、セレナに聞いた。

   「お兄さんて、誰?」

   「!?・・・・・・あ、そっか。ラナには分かるんだよね」

   心が読めるから、と言われ、やっぱり聞いちゃまずかったか、とラナは思った。

   だが、セレナは意外と素直に話してくれた。ゆっくりと、記憶をたどるように。

   「お兄ちゃんって言っても、セレナが貰われた家のお義兄ちゃん。ちなみに2000年前ね」

   「へ!?もしかして、召喚師になったから年取らないとかいうこと?」

   「イエース!今2007歳だよー」


   にっこり笑って言うセレナ。びっくりしながらも、まあ、よくあるネタ?と思うラナ。話は続く。

   だが、その兄の話を進めていくうちに、セレナは口ごもるようになった。何か辛い事でもあるのだろう。


   「でね、お兄ちゃん・・・セレナに見せようとした召喚に失敗しちゃって・・・。今はいないの・・・」


   そこまで何とか言って、うつむくセレナ。ラナは前にセレナがいけない、と言った事を思い出した。

   もし、ラナの考えてる通りなら、その理由は、ひとつ。


   「・・・もしかして、セレナが最初行きたくないって言ったのは・・・・・・」

   「そうだよ・・・。セレナのせいでお兄ちゃんは死んだのよ!!だったらセレナは誰とも一緒にいないほうが!」

   今にも泣きそうなセレナに、ラナは静かに言った。

   「・・・それで、セレナが誰とも一緒にいたくない、なんて言ってたら、お兄さん、可哀相だよ。

    もしかしたら、自分のせいでセレナが変わっちゃったって思ってるかもしれないよ?

    お兄さんはセレナがそうやって思いつめる事、きっと望んでないよ。

    むしろ、セレナがその事でくじけずに、もっと強くなってほしいって思ってるかもしれないよ?

    ・・・・・・まあ、あたしの憶測にすぎないんだけど、ね」


   自分でも何を言っているのか分からない感じはしたが、言いたい事は言った。





   少しの沈黙。


   それから、セレナは呟いた。

   「・・・・・・それも、そう・・・だよね。セレナ、逃げてたのかもしれない」

   「セレナ?」

   逃げていた、というのがなんなのか分からず、思わず呼んだが、

   「ありがと」

   そう言って、セレナは去っていった。ほんのちょっとだけ、笑っていた、ように見えた。











   ”ドオオォォ・・・・・・ン”



   「!?」


   その少し後だろうか。衝撃音と共に船体が大きく傾くぐらいの揺れが起こった。

   「モンスター!?」

   皆は甲板に集まった。船のまわりは真っ黒だった。

   「最近船を襲ってくる魔物とはこやつらのことか!総員!!戦闘じゃ!!」

   グリートが叫ぶのと同時に、群れは襲ってきた。

   銛をもった半漁人風の魔物は、数に物を言わせるかのごとく、次々と襲ってきた。


   「衝破熱風斬!!」

   「流牙蓮!!」

   「炎召衝!!雷召衝!!」

   「ミル!スーヴ!」

   「チルチー!!(冷却!!)」

   「スースススー!!(スターダストー!!)」

   皆は必死になって応戦するも、数が多く、苦戦を強いられる。

   「全てを癒す光!ヒーリング!!」

   ハープも負傷者の手当てに追われる。




   どんなにやっても、一行に数が減る気配は無い。皆しびれをきらしてきた。

   「くっそ!!どうなってやがる!!」

   「本当に!氷雨(ひょうう)!!」

   話しながらも、シルフは技を放つ。冷気を帯びた矢が雨のごとく降り注ぎ、敵を凍らせていく。


   そんななか、ラナが大声を上げた。

   「あいつだけ色が違うわ!前線にもでてこないし、ぜったい親玉!あいつを狙って!!

    ロッククラッシュ!!」


   ”ゴシャッ”


   巨大な岩石が空から降り、半漁人に当たる。皆がソレに続いた。

   「いっけえ!!黄色チョコボ!!」

   セレナが召喚したそれは、他の敵を足蹴にし、親玉だけを狙い撃ちした。

   「牙蓮閃!!」

   そこにシルフが矢を打ち込む。ドォッと音をたてて、親玉が炎を上げながら甲板に落ちる。

   「とどめ!!奮迅烈破衝(ふんじんれっぱしょう)!!」

   そいつが起き上がろうとした時、リランがものすごい速さの連続突きを繰り出し、斬り上げ、斬り捨てた。

   炎に焼かれる半漁人がのた打ち回っていた所に、本当のとどめが。

   
   「クェクェー!!(火炎放射!!)」

   「クルクルー!!(サンダーボルト!!)」

   ケケとクリンが美味しいとこ取り。半漁人は、声を上げる暇さえなく、散った。

   そして、それを見た他のものは、散り散りになって、退散していった。







   一通り終わった後、皆は甲板にいた。なんのとりとめもない会話が続いていた。

   「そーいやさ、ケケとクリンって、なんなの?」

   ちょっとした素朴な疑問。セレナが言った事だった。

   「魔物。じーちゃんがボクが生まれたときにくれたんだ」

   ニルスはそれにさらっと答えた。面白みがないーと、セレナがふくれた。

   「というか、くれたということは、どこからか連れてきたってことかい?」

   シルフが膨れるセレナを無視して言う。

   「じーちゃん、昔召喚術かじっててさ、そんときの産物。ま、本物の召喚師にはなんなかったみたいだけど」

   なんか年取らなくなるのがいやだったみたい、とつけくわえた。

  
 
   その一言を聞いてから、ラナには周りの声が聞こえなくなっていた。


   (歳を取らなくなる、か。・・・・・・そういえばセレナは、何のためにずっと生きてきたんだろう?

    契約石のこともあるけど、なんか・・・セレナの心のうちを見たところ、なんか別のものがあるみたいだし・・・。

    ・・・あたし、心が読めるのイヤだったのに、読めなくなった事がこんなにじれったい事だと思うなんて、

    やっぱ、矛盾してるな・・・。知りたくないって思ってたのに、今は知りたい気持ちの方が強い。

    皆の事。世界の事。これからの事、全部・・・・・・)



   「ラナ?」

   「へ?」

   気づいたときには、ハープが心配そうな顔をしていた。大丈夫だと言い張り、辺りが暗くなった事を言い訳に、

   お喋りの場を強引にお開きにした。皆は少しいぶかしげな顔をしながらも、船室に入っていった。














   「あー。なんか頭パンクしそうだよー」

   星空を仰ぎながら、ラナは呟いた。あたりは真っ暗なので、星の明かりがとてもよく見えた。

   船室の上のスペース。それが今彼女がいる場所。周りに人はいない。だが、マストの頂上には、

   見張り役が1人いる・・・だが、寝ているだろう。大きないびきが時々聞こえる。


   「きれーな星・・・。そういえば、2000年前のレイルって言われてた子も、元の世界のこと、

    考えたりしたのかなあ?帰りたいとか、思ったのかなあ・・・」

   またぽそっと呟いた。独り言多いなあ、と少し自嘲気味に笑う。

   

   「お、ラナ。こんなとこに居やがったのか。あんま潮風に当たっと身体にワリーぞ?」

   「あ!リラン」

   そこに、リランがひょいと現れたので、ラナは驚いた。



   「隣、いーか?」

   「うん、いーよ。で?何の用なの?」

   「『何の用?』じゃねーよ!少し心配して来てやったっつーのに」

   「心配?・・・どうしてよ?」

   思わぬ発言に驚いたラナだが、平常を保つ事はできた。
 
   「いや、セレナと話してたのは知ってたけど、その後っから様子がおかしすぎだったからな」

   「いや、ちょっとね。セレナの昔話がどうもひっかかってたってだけ。

    こんな風に他人のこと気にするなんて、向こうじゃなかったもの」

   心が読めたからね、と笑うラナだが、その笑みは少しぎこちなかった。

   「ふーん。で?今は全然よめねーの?」

   リランがそう聞くと、ものすごく意識すれば、ちょっとは読める。とラナは答えた。

   「あたしねぇ、こっちに来れて良かったって、思うの」

   「?」

   「だって、ほんとの仲間っていうのが、分かったもの。向こうにはいなかった、信じられる人。

    そんな人ができたもの。でもね、すこーし、歯がゆい事もあるの」

   「心が読めなくなったことか?」

   「うん。分からないんだもの。皆の事。前は、全部分かったのにさ」


   そこまでラナが言ったとき、リランが首をかしげた。

   「それってさ、なーんかちがくね?全部分かったとしてもさ、信頼できねぇ奴っていんじゃん。

    心よめよーが、よめなかろーが、関係なくね?分かんねぇ事はわかんねぇでもいーじゃねえか。

    つーか、それがフツーなんだしよ」



   それを聞いて、ラナはハッとした。その一言で、何かが壊れたような気がした。

   (そっか。分かんなくてもいいんだ・・・)



   「ありがと」

   「なんだ?礼いわれるよーなこと、オレはしてねぇぞ?」

   「いーじゃん。それよりもさ、あたし、もし帰れたら、人間関係全部一からやり直す。

    今みたいに、ちゃんとぶつかってく!あと、お父さんとお母さんとも・・・。

    あたしさ、あんな能力なんてもってたから、親相手にも自分を作ってたんだ。だから、

    だから・・・素直に話くらいしてみたいんだ。いい親、なんて言えないけどさ、やっぱ、

    親・・・だから・・・」


   一気にまくし立てるラナ。最初のうちは笑っていたものの、

   そうしておかないと、込上げて来る何かを抑えらなくなってきた。

   目の前が不意に霞む。いや、滲むと言うほうが正しい。

   最後の方は、声も震えていた。

   「・・・だから・・・」



   必死に押さえようとする。自分自身を。いつものように、と自分に言い聞かせながら。






   「・・・・・・」

   突然、目の前が暗くなった。

   リランは、黙っている。

   抱きしめられている、とラナが気付くのには、少し時間がかかった。

   「リ・・・・・・」


   「笑いたい時は笑う。泣きたい時は無く。無理なんかすんじゃねぇよ」



   その一言が、ラナにとっては、妙に嬉しかった。



   「・・・帰りたい・・・!父さんと母さんに・・・会いたいよっ!!・・・うっううっ・・・!

    うわああぁぁぁぁ・・・・・・!!」


   押さえきれなくなった感情が、一気にこみ上げる。

   涙は、止まることを知らない。

   星の降る夜空の下、

   ラナは、ただ泣いた。

   リランは、何故か小さく見えるラナを、抱きしめてやっていた。

   




   ――流れ星が、たった一つ願いを叶えてくれるなら、この悲しみを打ち砕いてほしい。

      でも、今は、時を止めてほしい。どうか、このまま――






     *あとがき*

   りこ:はい、区切りのいい第10話!

      じつはこの話はお気に入りの一つなんだにょ!

      なーんたって、ちょっといい雰囲気のものが書けたから!!

      これからもコミカルとシリアスを織り交ぜていきたいにょ!!